公理と定義:新しい数理哲学についての試論

我々は、すべてを包括する統一的知識への欲求を先祖代々受け継いできた。(…)今までに知られたことをすべて統一するに足りる信頼できる素材が現代になってようやく獲得され始めたばかりであることを我々は確信する。それに対して、〔学問の多種多様な分岐によって〕一人の人間の頭脳が学問全体の中の小さな一つの専門領域以上の知識を使いこなすことは、ほとんど不可能に近くなってしまった。この矛盾を切り抜けるには(…)誰かが諸事実や理論を思い切って総合するよりほかに道はない。たとえ、その諸事実や諸理論の知識が完全でなかったとしても、嘲笑される危険があったとしても。
                        ――シュレーディンガー『生命とは何か』

序論

1.新しい数理哲学
本稿はデーデキントやリーマンによる「概念と思考による数学」と、数学とは何か?というソクラテス的な「問いによる哲学」を統合した「数理哲学」についての試論である。数学基礎論が哲学的な数学であるのに対して、数理哲学は数学的な哲学であると言えるだろう。これまでの数理哲学では、一方的に数学を哲学的に考察するのみで、哲学を数学の観点からの考察もするという相互的なものではなかった。新しい「数理哲学」は、数学と哲学を循環し、数学的視点・哲学的視点・両者の視点という多面的な視座によって、数学と哲学の両者に、新たな知見をもたらすことをその理念としてかかげる。

2.哲学の危機的状況
そのような開拓の第一歩となる本稿では、すべての数学において最も基本となる定義と公理を主題として論じていく。このような学を新たに研究しようと志したのは、現代の哲学の危機的な状況を見てのことである。物理学者の谷村省吾氏はいわゆる「谷村ノート」において次の様に述べている。「形而上学は、経験・感覚によって調べることができず想像するしかないことがらに関する知識を生産し整理する学問である。形而上学の存在理由は、人間の経験・感覚によって調べられないことがらに関しても知識を得て推論ができるようになりたいというニーズに応えることであった。形而上学は宿命的に、アイデアを乱発し、どうにか理屈をつけてアイデアの優劣を競うが、決着はつかないという構造になった。また、枝葉の問題は想像力をかきたてないので形而上学者には取り上げられず、答えの出せそうにない大問題が形而上学のテーマになりやすい。結果的に、形而上学は「根本的な問題を研究する学問」ぽくなった。というのが私の見立てである。」そして哲学における定義については「哲学者が主観的意識経験は実在するか、とか時間の経過は実在するか、とか言う場合の「実在」の定義はいかなるものか? 前提となる定義を曖昧にしておいて議論を進めるうちに、やがてどういう定義がふさわしいか見えてくるのだろうか? 彼らの議論はそうではなかった。最後まで実在の定義は曖昧なままであった。」と述べ、現代の哲学者への鋭い批判をした。本稿が定義についての論考なのはこの谷村氏の考えにも由来している。

3.数学と哲学の関係
しかし、ラッセルと共に『プリンキピア・マテマティカ』を執筆し、論理学・数学・哲学に多大な影響を及ぼしたホワイトヘッドは、「あらゆる西洋哲学はプラトンイデア論の変奏にすぎない」と述べている。万学の祖とされるアリストテレスもまずプラトンを師として哲学を習って自身の思想を形成したのだ。そのプラトンが設立した「アカデメイア」はアカデミアの語源となった施設であり、現代の大学研究機関の原型と言える学園なのだが、幾何学は感覚抜きの知性のみでの思考を鍛えるものとして重視されており、入り口の門には「幾何学を知らぬ者はくぐるべからず」との額が掲げられていたほどであった。近世にはデカルトライプニッツパスカル19世紀にはフレーゲラッセルなどの数学と哲学を股にかけ、多くの業績を残した学者がいたことから分かるように、数学と哲学は分断するべきものではなく、むしろ協働するべきなのだ。本稿はこのような問題意識で執筆されたものだ。

4.本稿の性格
その省察の過程において、形而上学存在論といった哲学や、数学とは一見無関係だと思われるような哲学の考えと数学とを関連付けるなどの脱線が多く見られると感じる読者もいるかもしれない。そして、数学について少々荒っぽい解釈も多く述べている。これは、画家がまず初めにラフスケッチから初めて、そこから段々と作品として仕上げていくのと同じ様に、「数理哲学」においてもその探究の初めから明晰判明な真理を語ることはできず、多くの研究を重ねていく内に明確な成果を出すことができるのだ。しかし、ただ闇雲に思弁を重ねたり、中途半端な理解のまま研究をすれば、それはアラン・ソーカルがいうところの「〈知〉の欺瞞」となってしまうだろう。それゆえ、哲学の側にいる筆者は数学的な知識に多くの不足があることを繰り返し自らに言い聞かせながら、多くの文献に当たり、数学の概念や考えかたの粗雑な濫用にならないように細心の注意を払った上で筆者の考えを述べた。

Ⅰ.古代ギリシアの哲学者達にとっての公理と定義

1.「無知の知」の限界
定義とはかつてソクラテスが死の運命に陥ることになるほどまでに熱心に希求した何らかの知識についての本質を表すものである。しかし、ソクラテスは公理に関しては定義程に熱心に求めた訳ではなかった。むしろ、ある日突然「お前以上に賢い者はいない」という神託を受け、自分がそんなに賢いわけがないということを証明するために、無知者のふりをして何人かの職業の人々に「勇気とは何か?」などを問い。自信満々に答えたその人々からはその一部の外延しか得られなかった。ここから、自分が無知であるということを自覚しているのは自分だけだと悟り、自身の無知を公理として定立して、それ以上追求することは無かった。しかし、無知の本質とは何かについての定義を、無知を追求するということはソクラテスの倫理に反するのではないだろうか?ソクラテスが無知を自覚していたといっても、生まれたての赤ん坊同然であったという訳ではない。古代ギリシアの一般教養としての知を有していたことはプラトンの数々の対話篇から知ることが出来る。そして、ソクラテスの問答には無窮に陥るというアポリアが潜んでいる。もし、「XはYである」という定義を述べても、今度はそのYとは何かという問いになりそれが底に着くまで続けられる。そして、ソクラテスは決して底に着いたとしても満足はしないだろう。それに、真の意味では無知を知ることはできない。ほとんどのアメリカ人は私の存在を知らないということすら知らないだろう。すなわち、存在についての無知は自覚することが不可能なのである。

2.「定義」の定義
プラトンの対話篇がほとんど定義にたどり着くことが無かったのに対して、アリストテレスは定義についての定義を定め、それによって非人称的な論証を記述していくという形式を考案した。これは、現代の論文の形式の原型となる物である。さて、アリストテレスによる最も厳密な定義とは「最近類と種差による定義」である。最近類とは、定義の対象を元として含む集合であり、種差とは他の元との差異を意味する言葉である。したがって、種差は類に包摂されることとなる。類となる概念について「それに含まれる全て」を列挙したようなものを「外延」、「全てが共通して持つ排他的属性」を示した様なものを「内包」という。定義は通常「SはPである」と表現される。アリストテレスはもう一つの定義の方法として、概念ではなく実体に適用するための質料と形相による定義を考案した。質料とは、何らかの事物の材料であり、形相は何らかの事物の目的であると定義できる。ここから具体例としては、質料のみの定義は「パスタとは、小麦の加工物である」形相のみの定義は、「パスタとは、食べるためのものである」質料と形相の結合による定義は、「パスタとは、食べるための小麦の加工物である」が挙げられる。

3.論理学の起源
アリストテレスは公理として、同一律・無矛盾律排中律を採用している。これはパルメニデスによる影響が大きいと言えるだろう。パルメニデスは、『自然について』において詩の形式で存在論・論理哲学・言語哲学を記述しており、その内で「有るものは有り、有るものが無いことは不可能である」「無いものは無く、無いものが有ることは不可能である」と述べて同一律と無矛盾律を定式化すると同時に、両者を相反する概念として間接的に定義した。しかし、これでは無と有の本質を知ることはできず、不十分な定義だと言える。判断の真理は「そうなのか、またはそうでないのか」のいずれかであると述べて排中律を定式化した。前述した有と無の不十分な定義は、有ることと思考することは同一であり、無は思考できないものであるという定義を後に行い。それらは人間がつけた名称に過ぎないと述べていることから、思考は言語活動であるとパルメニデスが考えていたことが分かるのである。

4.「存在」の定義不可能性
アリストテレスの定義は彼の形而上学と自然学の研究によるものであり、パルメニデスの公理は論理学の思弁の成果であると言えるだろう。しかし、いずれの定義と公理においても「~である」という繋辞によって諸概念が結合されており、これは同時に「~がある」、すなわち存在を含意することになるのである。パルメニデスは思考と存在を同一であるとしたが、それならば思考されていない存在は存在しないことになってしまう。我々は身の回りの世界全てを同時に志向することは不可能であるから、これは誤りであることが分かるだろう。では存在とは何か?これは数々の哲学者が挑んだ難問であり、未だに明確な定義を出来た者は存在しない。これは存在がすべてを包摂する概念であり、それゆえ種差となるものが存在せず、定義不可能なのだ。しかし、ライプニッツは存在を困難なものとしながら以下の様に定義した。

存在は、「存在」あるいは「純粋な積極性」という以上に定義することはできない。したがって、どうすればより明晰な観念を我々に提示することができるかが問題になる。しかし、可能ならば、すべての存在しようとしている可能性を知っておくべきであるが、すべての可能性が存在しているわけではないので、いくつかの可能性で他の可能性を妨げているもの、つまりより完全なものが存在する。また、最も完全な存在(神)がいると知られている。
               ――『形而上学と論理学の諸概念の定義』

Ⅱ.古代ギリシア幾何学者達にとっての公理と定義

1.ユークリッドの『原論』
これまで哲学における定義について述べてきたが、それ以上に厳密な定義と公理を要請される学問として幾何学が挙げられる。現代まで続く幾何学の記述の元となっているユークリッドによる『原論』は、いくつかの定義と五つの公準、及び九つの公理を箇条書きにしたのちに、それらから演繹される何十もの定理とその証明をこれまた箇条書きにするという形式である。最初に幾何学の最も単純な要素である「点」の定義から始まるのであるが、その定義とは「点とは部分を持たないものである」というものである。幾何学では与えられた定義と公理(公準)のみによって、定理を導き出していく学問なのであるが、「部分」とはいかなるものなのか、「持たないもの」とはいかなるものなのかの定義が与えられていない以上、これは不完全な定義と言わざるを得ない。もちろん、ほとんどの読者は「部分」が何を意味しているのかご存じのはずだろう。しかし、厳密性を重視する幾何学においては、日常的に使用される言語はあまりにも曖昧で多義的なのである。それゆえ、誰でも知っている概念を再定義して、その定義に従って推論を重ねることで無矛盾な体系を構築することが出来るのだ。この部分がどのような意味を持つのかを示すものとしての「全体は部分よりも大きい」という公理8が挙げられる。しかし、この場合でも「全体」とは何か、「大きい」とは何かについての定義がなされておらず、読者のもともと持っている知識に依存するのである。しかし、これは決して幾何学の欠点ではない。そもそも、完全な定義とは不可能な試みなのである。したがって、基本的な定義においては、誰もが共通の認識をしている最も単純な概念が用いられるのである。ここで、点の定義に戻ると公理8から全体>部分の関係にある部分すら持っていないが存在はしている純粋な座標軸であることが帰結する。ゆえに、点とは理念であり、幾何学の作図において書いたとしてもそれは本来存在しないものなのである。ユークリッドの時代には未だなかったデカルト座標の平面において、x=A、y=Bという風に表すことによって、『原論』の定義に忠実な点を表現することが出来る。また、「定義2.線には幅は無く長さがある」「定義3.線の端は点である」「定義4.直線とは点がまっすぐに並んだ線である」という様に続いていく、ここから直線も本来は目視できない理念上のものであって、作図による直線は直線のイデアの影であるということになる。次に公準に移る。「公準1.次が成り立つことを要請する。任意の点から任意の点へ直線を引くこと。」ここから分かるように公準とは、読者に対して作図をすることを要請するものであり、プラトンが純粋な思惟の訓練として幾何学アカデメイアで教えていたことに反して、幾何学は身体的なものだった。そのことが、この二つの直線に関する公準に示されているのである。

2.ユークリッド幾何学における公理
最後は公理について述べていくことにしよう。以下に九つの公理を挙げた。

1.同じものに等しいものは、互いに等しい
2.同じものに同じものを加えた場合、その合計は等しい
3.同じものから同じものを引いた場合、残りは等しい
4.不等なものに同じものを加えた場合、その合計は不等である
5.同じものの二倍は、互いに等しい
6.同じものの半分は、互いに等しい
7.互いに重なり合うものは、互いに等しい
8.全体は、部分より大きい
9.二線分は面積を囲まない

この6までは代数表記が可能であり、1)(A=B)∧(C=B)⇒(A=C)、2)(A+A)=(A+A)、3)(AーA)=(AーA)、4)(A+B)∧(C+B)≠(A+2B+Ⅽ)、5)2A=2A6)A/2=A/2と表記できる。このように、ユークリッドの『原論』においては、少数の公理と公準、概念から論理規則によって理論が構築されていたのである。

Ⅲ.ヒルベルト形式主義的公理論

1.『幾何学基礎論』における公理
それに対して、ヒルベルトによる公理論では論理的依存関係によって結び付けられたネットワークとして数学を理解する。注目点が、個々の真理から、その相互依存関係に変わったのである。それまでの公理論では命題の依存関係(命題AからBが帰結する)しか注目されなかったが、ヒルベルトは独立性の概念を駆使して「非依存」的関係を解明することが重視された。公理が無矛盾なだけでなく互いに独立であることも求めたのである。このような、公理論の手法を駆使して『原論』を『幾何学基礎論』へと発展させたのだ。ユークリッドにおける直線が、ヒルベルトではどう表現されるかを見よう。

Ⅰ.結合の公理
1.任意の2点 A, B に対してそれらを通るある直線 l が存在する。
2.異なる2点 A, B に対してそれらを通る直線 l はただひとつ存在する。
3.一直線上にある異なる点が少なくとも2つ存在する。一直線上にない少なくとも3つの点が存在する。
4.(…)

このように、『原論』では諸関係に関するコモン・センスを述べていたのに対して、『幾何学基礎論』では点・直線の定義は為されずに点と直線の関係のみを表した公理によって、諸定理が演繹される。ここにおいて、点とは、直線とは何か?という「意味論的要素」が形式化され、中期ヴィトゲンシュタインの言語論のように、厳格な規則による使用が記号の機能を決定するものとなっている。その他の違いは、公理によって点・直線の定義を行っていること、公理が公準の役割も果たしていること、公理が一階述語論理命題であること、一つの公理を複数の命題によって成立させていることである。

2.ヒルベルトの公理の言語分析
上述した両者の差異についてもう少し子細に分析することにしよう。まず、取り上げるのは、公理における点や線の概念の関係によって定義をし、それが同時に『原論』における公準の役割も果たした上に、それらが独立かつ無矛盾である複数の命題によって成り立っているということである。まず第一の命題はヒルベルトのテーゼにおける指標としての公理であると考えられる。例外的に矛盾から逃れることのできるこの命題で、結合の公理において定義する概念の存在を確立する。ついでに、直線を引くという公準の役割も果たしている。これはスピノザが『知性改善論』において提示した「生成的定義」とでも呼べるような球体の定義と共鳴する。それは、まず半円の概念を創造し、その半円直径を軸に回転させることで球の概念が生じるというものである。そのような事象は自然において未だかつて一度も起きたことが無いと考えられるにもかかわらず、我々が球の概念を創造できるのは、単純な概念のみによる単純な思考は真にしかなり得ず、半円・運動・直径はいずれも単純な概念であるがゆえであるとスピノザは主張する。日本語訳においては、二点を通るという動詞用いられ、その運動によって直線の観念が生成されるのであるが、原文のドイツ語では「bestimmen」という決定を意味する概念が用いられている。しかし、それは「verbinden」という繋ぐという意味を持つ動詞概念と同じ意味で用いるとそれ以前の記述で述べており、それゆえ、点と直線という概念の意味を知らなくても、二つの何かがつながるという表象によってそれが道路であれ紐であれ何であれ、幾何学においては全く理解に支障はないのである。その次に、2点にはそれぞれ異なるという性質を、直線にはただ一つという性質を付与することで、全く同じ座標に二つの点を書くことや一つの概念から複数の概念を解釈することを防いでいるのである。そして、最後にそれまで直線が存在することを述べ、点はその存在のための関係項であったのが逆転し、直線上に二つの点が存在することを述べている。そして、一直線上に無い三つの点からは一見一次元から二次元への扉であるように思われるが、一つの線に三つの点が通ること、すなわち曲線ではないということを点と線の関係によって示しているのである。(ちなみに、二つの直線が通るということは二つ目の命題で既に否定されている)そして、この三つの命題は異なる叙述法によって述べているが全く同じ図であるにもかかわらず、そのいずれによっても他の命題を演繹できないのだ。

3.モナド的なヒルベルトの公理
このように、ヒルベルトの公理論は概念の運動によって論理的な相互依存関係によって張り巡らされた関係の網の目の結節点として概念が定義されているにもかかわらず、すべての命題は独立関係にあり、ある命題から他の命題を演繹することはできない。そのような、依存と独立の二重奏は無矛盾性を失うことなく数学的な厳密性を強固に保持している。これらは、ライプニッツモナドと相似している。モナドは窓を持たず他のモナドに影響を及ぼすことはできずに独立した関係にある。また、他のモナドと同一であるということは不可別者同一の原理からありえない。しかし、このようなモナドは独立した一なるものであるが、多を意識表象することはできる。そして、変化するという性質を持っている、不動の点とそれを通過する直線の関係の様にモナドには変化する部分と変化しない部分があるの様に多くの類似がある。

4.ヒルベルトの公理の記号化
ところで、「点・線・面を机・椅子・ピアマグと言い換えても幾何学はできる」というヒルベルトの宣言の真偽を確かめるため、公理をすべて(机などの代わりとして)記号にできるかを試してみよう。点については{A、B、C、D}、直線をLとする。このとき、結合の公理は各々1.∃L(L∋(A∨B))、2.∀L(L∋(¬(A=B)))、3.1L∋(∃A∧∃B)また、連続性の公理はL(AB)={A1, A2, A3, ... , An-1, An}、L(A)={AA1, A1A2, A2A3, ... An-1An }、∀A(L(A(A<B≦An≡CD))と記号化することができ、こうしてヒルベルトのテーゼ「現実の「数学の理論」は数理論理学の概念である形式系により、忠実に再現されるので、数学の理論について語るには、形式系について語れば十分である。」が真といえるのだ。

5.数学の存在論
次は、公理がすべて述語論理、すなわち「~が存在する」という形式であるという点に焦点を当てよう。これは1893年の初頭に書いた数学ノート内での以下に引用した様な存在に関する記述によるものであると考えられる。

存在とは、その概念を定義している諸条件が相互に矛盾しないことを意味する。つまり、ある指標である公理を例外として、それ以外のすべての公理からその例外的公理に矛盾する命題を導出できないことである。

つまり、「存在=無矛盾」であり、「存在とは、その概念を定義する指標である公理が自己矛盾に陥らないこと」だということである。これの存在の定義がヒルベルトの前期形式主義における中核をなすものであり、計算と数式を捨てて新しい概念と推論による「概念と思考による数学」というリーマンの方法を支持していた彼にとって、数学の概念を保守するための非常に重要なテーゼであった。しかも、ヒルベルトの生きた19世紀は数学では「何を存在として許容できるのか」という数学の存在論が盛んに議論されていた時代でもあったがゆえに、このテーゼは概念による数学への批判の盾としようとしたのである。この数学におけるプラトニズムとでもいえそうな哲学的含意を含む論争は、カントール集合論へとその矛を向けられることとなったのだ。数字でも空間でもないものの集まりである集合という概念は、「自身を要素として含まない集合全体の集合」というラッセルのパラドックスや、「すべての集合を要素とする集合」というカントールパラドックスによって、危機的状況に陥ることとなった。これを救ったのがヒルベルトのテーゼであり、カントールパラドックスが必然的に無限集合になることから、無限が無限を包摂するという自己矛盾に陥ってしまうという状況から「無矛盾集合は存在を仮定しても矛盾を導かないがゆえに存在することをその公理論によって救い出したのである。アリストテレスが数学的実体は存在しないと『形而上学』において、ピタゴラス学派への批判として述べて2000年余り経た19世紀において、自身が体系化した論理学の無矛盾律という公理を根拠にすることよって皮肉にも反駁されることとなってしまったのである。しかし、この計算を無視した「存在証明」は当時の常識を超えていた。そのため、ゴルダンは「これは数学ではない。神学だ。」とさえ言ったと伝えられている。ゴルダンが知っていたかどうかは定かではないが、この神学というのは単なるメタファーなどではなく、ライプニッツによる神の存在証明が神の定義が無矛盾なのであれば必然的に存在するというものであったため、ヒルベルトの方法論は、実際に神学に近い立場にあったと言えるのである。

Ⅳ.神の存在証明における定義と公理

1.アリストテレスの証明
では、実際の神学における神の存在証明がどのようなものであったのか。それでは、アリストテレス・ アンセルムス・デカルトライプニッツスピノザ、そして最後にゲーデルによる証明を各々に紹介していくことにしよう。まずは、アリストテレスによる神の証明である。アリストテレス形而上学は、それがキリスト教が勃興する以前のものであったにもかかわらず、中世ヨーロッパにおける神学の端女として大いに利用され、また大きな影響を及ぼしていた。アリストテレスが何故神の存在証明を必要としたのかについては、彼の哲学について少し説明する必要がある。アリストテレスは主著『形而上学』において技術を有する実践家と知恵を有する理論家を区別し、前者を後者よりも劣ったものであると述べている。その理由は、実践家は事象の原因を知らずに経験よる勘で仕事をこなしているからだというものである。そして、知を愛する者は事象の原因を希求しなければならず、何かの原因にも原因はありその原因にも原因…と辿っていけば必然的に第一原因にたどり着く。この全ての原因を求める学は、最初の学として第一哲学と名付けられ、哲学者はそのような学を最高のものとして認め、知を愛するものとして研究すべきだと主張した。全ての究極的な始動因としての原因であるものは動かすものとして不動であらねばならず、永遠の運動は永遠な存在により、唯一の運動は唯一の存在により、動かされなければならない。それゆえ、この様な不動の動者としての実体、神の存在が必然的に証明されるのである。ライプニッツの『モナドジー』における神の存在証明とは、このような証明に加えて、神の定義が無矛盾ならば必然的に存在するというものである。この証明の問題点は、充足理由律による証明であるがゆえに論理的必然性がない蓋然的な証明であるという点である。それゆえ、ヒュームの因果律を論理的に証明することが出来ず、習慣によりある事象同士を関係づけているという自然の斉一性に対する懐疑論による反論に耐えることができないのだ。

2. アンセルムスの証明
次は、 アンセルムスの神の存在証明に移ることにしよう。 アンセルムスはスコラ哲学の祖であり、彼の神の存在証明の方法は後の神学に大きな影響を与えた。アリストテレスライプニッツの24命題における証明が原因を辿っていくという力学的なものであったのに対して、定義と公理から非存在が矛盾するという背理法によって、演繹されたものであり、デカルト幾何学的な証明にも大きな影響を与えたと考えられる。以下では、それを引用する。

1.神とは、最大の存在である。
2.精神の内に存在するものよりも実在するものの方が大きい。
3.神が精神にのみ存在し、実在しないならば神の定義と矛盾する。
4.よって、神は実在する。Q.E.D
(※便宜上、引用者による簡略化を行った)
                       ――『プロスロギオン

この証明を子細に分析してみよう。前述したようにアリストテレスライプニッツの証明とは異なるものであり、カントが『純粋理性批判』において神の存在証明を批判する際に行った分類に従えば、前者が「存在論的証明」であるのに対して、後者は「宇宙論的証明」に属する。この証明では、存在を類、あるいは性質として扱い、それが最大であることを種差とする。その次に、精神よりも実在の方が大きいというユークリッド幾何学の時代における共通概念としての公理が提示される。そして、神の不在と最大の存在が現実よりも小さな精神の内にのみ存在することの背理によって、神の存在が証明される。この証明の特徴は「存在」を三つの意味で用いているのにも関わらず、それを同一のものと見做しているという点である。これは、ヴィトゲンシュタインが『青色本』において、アウグスティヌスが空間の「長さ」を時間の「長さ」と混同していることから、時間についての哲学的混乱が生じたという診断と相同である。1において存在は神の類・性質として扱われている。次に精神よりも実在の方が大きいという共通概念を提示する。ここでは存在は事物として扱われている。これは、既知の事柄よりも未知の事柄の方が多いという経験的事実から真であると言えるだろう。しかし、これはアポステリオリな認識から得た蓋然的な真理であり、論理的必然性はない。それゆえ、ここから演繹される命題も蓋然的な真理に過ぎない。3と4では、存在は量としての存在、すなわち一階述語論理における存在と同じ意味で用いられている。このように、 アンセルムスの神の証明は単なる詭弁である。

3.デカルトの証明
デカルトは、大きく分けて三つの証明を行った。すなわち、1)実在性による証明、2)生得観念による証明、3)連続創造説による証明、である。以下においてそれぞれの証明をその要点に絞って簡略化したものを提示する。

実在性からの証明
1.神とは、全知全能かつ全てを創造し独立した実体である。
2.〈私〉は生得的に神の観念を有する。
3.観念は表現的実在性に含まれるのと同等の形相的実在性を有する。
4.無限観念は有限観念より多くの表現的実在性を有する。
5.無限実体は有限実体より多く形相的実在性を有する〔3より〕
6.よって、神は存在する。Q.E.D
生得観念からの証明
1.無から有は生じない。
2.完全なものがより不完全なものを原因とすることはあり得ない。
3.我々は神の観念を生得的に有している。
4.〈私〉は神の観念の原因とはなり得ない。〔4より〕
5.無から神の観念が生じることはあり得ない。〔3より〕
6.それゆえ、神の観念は神によって〈私〉に付与された。〔6,7より〕
7.よって、神は存在する。Q.E.D
連続創造説からの証明
1.時間は相互に依存せず、かつ同時に存在しない。
2.しかし、ある瞬間の次の瞬間にも我々が存在し続けている。
3.〈私〉は自分自身によって存在しているわけではない。
4.神以外に〈私〉を創造し、存在させることができる存在はない。
5.よって、神は存在する。Q.E.D

実在性による証明は アンセルムスの証明の変形であり「存在論的証明」であると言えるだろう。それゆえ、この証明でも アンセルムスと同様の誤りを犯している。次の生得観念による証明だが、これは「宇宙論的証明」と「存在論的証明」の合わせ技であるが、それでもやはりそれぞれの証明の問題を回避できるわけではない。最後の連続創造説は、自由意志を認めるデカルトの哲学と矛盾する上に、実際には時間を離散的に捉えて連続しないという恣意的な定義が神の存在によって証明されるという逆転したものとなっている。

4.スピノザの証明
スピノザユークリッド幾何学における方法によって証明を行った。したがって、神の存在証明は定理であることになるがそれは「無限に多くの属性から成り立つ実体(=神)は必然的に存在する」というものである。この定理を理解するためには「神」「実体」「様態」の定義を知ることが重要である。スピノザの『エチカ』においてこの3語は、「神 :無限に多くの属性から成る実体」「実体:その本性が存在することであるもの」「様態:他のものの内に存在して、他によって考えられるもの」とそれぞれ定義されている。そして、背理法による証明、充足理由律による証明、力能による証明という三つの証明がこの定理を根拠づけるものとなっている。以下に示すと。

背理法による証明
1.「神は存在しない」と仮定する。
2.すると、神の本質には存在が含まれないことになる。
 〔公理7(存在しないと考えられるものの本質は存在しないこと)より〕
3.これは、〔定理7(実体の本性は存在することである)〕と矛盾する。
4.なぜなら、神は実体だからである。
5.よって、神は存在する。
充足理由律による証明
1.すべての存在と非存在にはその理由が存在する。
2.存在は存在することを妨げる何かがなければ必然的に存在する。
3.実体は、その本性に存在を含んでいる。
 〔定理7(実体の本性は存在することである)より〕 
4.しかし、その存在を妨げる原因がある可能性は否定できない。
5.その原因は自らの本性上のものか、他の本性上のものである。
6.原因が本性上同じ神性をもつ実体ならば、神は存在する。
7.原因が他の本性によるものならば、神と共通するものはない。
  〔定理2(異なる属性を持つ2つの実体は互いに共通しない)より〕
  それゆえ、それは神の存在を定立乃至除去できない。
8.したがって、神の存在を妨げるものは存在しない。
9.よって、神は存在する。
力能による証明
1.存在し得ないことは無力である。
2.存在し得ることは能力である。
3.今、必然的に存在するものが有限の存在に過ぎないとすれば、
  有限存在は無限存在より有能であろうが、これは不条理である。
4.ゆえに、全くの無、または完全者が必然的に存在する。
5.したがって、我々は、我々の内か他の必然存在の内にある。
  〔公理1(全存在は自身のうちにあるか、または他の内にある)〕
  〔定理7(実体の本性は存在することである)より〕
6.よって、神は存在する。
  〔定義6(神とは無限に多くの属性から成り立つ実体である)より

充足理由律による証明には「宇宙論的証明」が孕む問題が、力能による証明と背理法による証明には、「存在論的証明」が孕む問題がそれぞれ付随している。それに加えて、神の定義に元々存在することが含意されてるという問題があり、存在するという定義から存在が演繹されるのは当然の事である。

5.「神の存在証明」が孕む問題
ブルバキは「数学とは証明である」と宣言した。ならば、少々荒っぽい言い方になるが、神の存在証明でも「思考と概念による数学」と見做せるのではないだろうか。これまで紹介した証明の内で我々が注目すべきなのは、「宇宙論的証明」ではない。なぜなら、充足理由律は論理的必然性を持たないからである。むしろ、注目すべきは「存在論的証明」の方である。ユークリッドでもヒルベルトでも証明しようとしたのは概念の無矛盾な多くの組み合わせによって構成された定理という命題であり、そこでの主題は「関係」であり、「存在」は公理として証明抜きで認められるものである。ユークリッドの『原論』には「~存在する」という表現は出てこないが、定義においては「~である」という表現を用いている。「SはPである」はSの存在がなければ成立しない命題であり、それゆえ「~である」には「~存在する」が含意されているのである。(しかし、含意されているからと言って存在することになるわけではない。その命題が矛盾を含むならば「~である」と表現されていても、存在は認められない)それに対して、信心深い哲学者たちが証明しようとしたのは、あくまで「存在」であり「関係」はそのための手段に過ぎない。それゆえ、幾何学に大きな業績を残したデカルトによる証明は、それが「関係」の無矛盾ではなく「存在」を証明するものであったために、失敗してしまったのである。そして前述したように、ほとんどの「存在論的証明」には、前述した様に定義における「~である」が既に存在を含意している上に、多くの証明における定義には既に存在が含まれていたがゆえに、神学は数学と同様の「証明」はできず、失敗に終わったのだと考えられる。

結語

これまで述べてきたことは決して厳密な一貫性のあるものではなく、多くの部分が神の存在証明についての記述に割かれたということから、これがはたして序文で述べていたような「数理哲学」の理念に合っているのか疑問に思う読者もいるかもしれない。そして、数学の概念や方法論を関係が無い様に思われる哲学者の思想と結び付けたことに強引さや粗雑さを感じた読者もいるかもしれない。しかし、本稿の題である『公理と定義』を哲学の考え方を借りることで多角的な視点から考察し、それまで見えてこなかった定義と公理の在り方を発見するには、思惟を迷路の様に進めるほかに仕方がなかったのである。また、神の存在証明は哲学者が数学をどのように捉え、扱ってきたのかを解明するために必要な部分であったと断言できる。そして、数学と哲学を結び付けるそのやり方は少々荒っぽいものであったかもしれないが、これは、哲学に多大な影響を及ぼしたカントが分断し、ヘーゲルが忌避した哲学と数学の再開を果たすために行ったことである。それでも、「〈知〉の欺瞞」とならないように細心の注意を払い、多くの文献を参考にしてそれらは行なわれた。本稿で「公理と定義」を十分に考察できたということはできない。十分だというにはあまりにも射程が狭く、触れていないことも数多くある。しかし、新しい「数理哲学」の第一歩の粗描はできたと確信できる。